トーランス(Torrance)の裁判所の法廷で。
「いままで説明していたことが分かりましたか?」
「はい。裁判の判断基準は分かります。
一つでも疑わしき事実があったら、被告人は無罪ということですね。(*注1)
それに、偏見や直感に基づいて判断してはいけないということですね」
1月。2回目の陪審員サービスの通知が届いた。
前回は、待合室で説明を聞いて、大分待たされてから、その日呼び出されたメンバーは全員、免除された(excuse)。
今回もそうかと思って出掛けていったら、私はpotential陪審員として残された。
午後から法廷に出て、今回の事件を説明される。
刑事裁判。
放火事件。
被告人は30代のアフリカ系アメリカ人男性(African American)。
検察官(prosecutor)は小柄な白人女性。
被告人の弁護人(attorney)は大柄な白人女性。
裁判官、検察官、弁護人が一人ひとりのpotential陪審員に質問をする。
陪審席に座っているpotential陪審員が一人、また、一人と帰される。
残っている人数が少なくなってきた。
2日目の午後遅く。
とうとう私の番になった。
1日目の午後の質問。
「女子社員が仕事を終わって帰ろうとして、階段を一人下りていたら、後ろから男に突き飛ばされてバックを取られました。
彼女以外、目撃者が一人もいないのですが、被害者が言っていることを信じますか?」
「小さい女の子が一人で留守番をしていました。
お母さんが買物から帰ってきたら、皿の上のクッキーがなくなっていました。
子供の口の周りを見ると、クッキーのカスがついています。
実際、彼女が食べていたのは目撃していませんが、クッキーを食べた犯人はこの子だと断定していいですか?」
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「ホームレスの人が証人台に立ちました。身なりがとても貧相です。教育もなさそうです。言い方もはっきりしません。彼の言っていることを信用していいですか?」
「証人は英語が分かりません。通訳を立ててもいいですか?」
裁判官は判断基準の説示(instruction)を、とてもゆっくり、一語一語はっきり説明した。それで、分かった。
ところが、検察官と弁護人が、ある仮定を与えて、どうですか、と、potential陪審員に質問し出したら、分からなくなった。
肝心の『Not』という語が入っているかどうか、早過ぎて聞き取れない。
他の人に質問しているので、「済みませんが、もう一度言って下さい」と、確認できない。
そのうち、頭の中が白紙になって、質問者の声が聞こえなくなった。
40年前、シネマのクラスで授業を聞いているときも、同じ現象が起きた。
あれから、英語はずいぶん上手くなっているだろうと思ったが、ダメだ。
何回も出てくる被告の名前さえ覚えられない。
1日目の終わり、裁判所のクラーク(書記clerk)に申し出た。
後半の検察官と弁護人の質問がさっぱり分からない。
英語が分からないという理由で免除してくれないかと願い出た。
「明日、また来なさい」
翌日になって、英語ができないという者が2人いた。
一人は韓国銀行に働いている女子行員。アメリカに10年在住だと言う。
クラークはオーケーと言って、彼女を帰した。
私も免除されるかと思ったら、あなたは残りなさいと言われた。
アメリカに40年以上も住んでいるというのが理由らしい。
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裁判官に説明した。
英語ができると思ったが、やはり無理だった。
40年前に留学が目的で渡米したが、英語力が不十分で、シネマを勉強するのをあきらめた。
長年アメリカに住んでいるが、『国のために武器を持って闘う』という憲法に賛同できず、市民権はずっと取らなかった。(*注2)
養女を引き取って育て始め、次の世代のことも考えるようになった。
私の声も反映したくて、渡米して40年後、やっと市民権を取った。(2010年1月)
市民になったら、選挙権が与えられること、陪審員の義務があることは十分、承知している。
自分の意見をアメリカの裁判システムに反映させたいので、できたら陪審員の役を引き受けたいが、残念ながら私の英語は、陪審員になるべくレベルに達していないと思う。
テレビは、 "Nature", "Frontline"といった分かり易い教育番組を観ている。
刑事物は、意味が分からなくて、いつも家族にエンディングを聞いている。
前日も、夫に、免除(Excuse)されなかったという代わりに、Execute (死刑にする、処刑する)されなかったと言って、意味が通じなかった。
そこまで説明したら、いままでずっと表情が堅かった、ひげの裁判官が笑みを浮かべた。
そして頷いた。
「陪審員に選ばれたくないために、英語ができても、わざとできない振りをする人たちがたくさんいます。
でも、あなたは、そんな人たちとは違って、正直に言っているということがよく分かります。
あなたは、とてもいい人です。
残念ですが、免除しましょう。Execute(処刑)ではなくてね。では、良い日をね」
彼の目が笑っていた。
法廷にいたみんなの目も笑っていた。
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帰りの車のなかで考える。
私はアメリカ市民にはなったが、やはり、Second Citizenだ。
別に、法律的に差別を受けているという意味ではない。
アメリカの共通語の英語が完全に理解できないために、市民の義務である陪審員の役目を引き受けられないからだ。
日本から来た人のなかで、アメリカの市民権を取った人は、過去、何人いるだろう。
何万人、いや、何億人にのぼるだろう。
そのなかで、完全に英語を理解し、陪審員の義務を果たした人は何%いるだろうか。
殆どの人が、英語ができないという理由で、免除されたのを喜んでいるかもしれないが、それは本当の意味で、責任のある『Citizen』とは言えない。
私にとって、英語の壁はまだまだ厚い。(*注3)
数日後、County of Los Angeles (County Auditor-Controller, Hall of Administration) から、チェックが届いた。
$16.36。
陪審員の義務を果たしたことに対する、一日分の支払いである。
________________________
(*注1)
証拠に基づく事実認定。
被告人に有利に解釈する、無罪の推定原則。
(*注2)
アメリカの憲法には、永住権と市民権の保持者に「セレクティブ・サービスへの登 録(兵役登録)」の義務がある。
永住権と市民権を保持する 18歳 から 25歳 の男性は 、皆 、セ レ クティブ・サービスに登録する義務がある。
ただし、健康上の問題や宗教の 関係で義 務が免除されることもある。
登録後、戦争に行くことを拒む(兵役 忌避 へいえききひ evade military service)と、刑務所に送ら れる。
*次のブログを参照。
テーマ:色々考えることーより良い世界や地球に
『幻の旅路』より 『あとがき~人生の思いを遥かなる旅路に込めて』
(2012-02-27)
(*3)
語学に特別長けて(たけて)いる人、高校時代に渡米した人などは別だが、アメリカに長く住んでいたら、英語が上手になると考えるのは大間違い。
アメリカに住んでいても、日本語の社会にとっぷり使って、英語が分からない人たちがたくさんいる。
私は、ニュースなどの番組は理解できるが、刑事物や専門的な話題の番組は、今でもまったく理解できない。
外国語の修得は、滞在年月には関係ない。
やはり、自分で努力しないとできない。
*テーマ:ためになるお知らせ
Juror On-line Orientation 陪審義務・オンライン・オリエンテーション
(2012-01-22) のブログもあわせて参照して欲しい。
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